食肉衛生検査センターだより(畜産技術ひょうご)100号 発行:2011年1月31日
題名 :牛の腹腔内腫瘤
筆者 :兵庫県食肉衛生検査センター
淡路食肉衛生検査所 主任 加茂前 仁弥
はじめに
 牛の腹腔内にみられる腫瘤の代表的なものとして、牛白血病によるリンパ節の腫大、腎芽腫、腎細胞癌、子宮腺癌などが挙げられる。雌牛においては、特に卵巣にみられる腫瘍としては顆粒膜細胞腫が最も多く認められる。平成21年度、淡路食肉センターに搬入された黒毛和種繁殖雌牛のと畜検査において腹腔内に腫瘤が認められたために病理組織学的検査を実施し、その所見から顆粒膜細胞腫と診断した症例を報告する。
1.材料及び方法
材料
2009年5月25日に一般畜として搬入された、黒毛和種、160か月齢、雌の腹腔内腫瘤を検査材料とした。
方法
組織検査材料を10%中性緩衝ホルマリン液にて固定し、定法に従ってパラフィン包埋ブロックを作製した。これを薄切した後、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色および過ヨウ素酸シッフ(PAS)染色を施し、病理組織学的に検索した。
2.成績
1,肉眼的検査
 子宮角付近に不整形で30cm×30cm×20cmのバレーボール大の巨大な弾力性のある腫瘤を認めた。腫瘤は平滑な被膜で覆われ、被膜を剥離した表面には、太い血管様の構造物が存在した(図1)。割面は、全体的に乳黄色で結合組織により分画され、不規則な分葉構造を呈していた。部分的にやや赤みを帯びた部分や血餅、黄色のゼリー状物質を貯留する大小の嚢胞等が混在していた(図2)。腫瘤形成はこの他の部位には認めなかったが、肝臓と腎臓に嚢胞を認め、肝臓は多発性巣状壊死(鋸屑肝)を認めたために一部廃棄処分とした。また、大網と腸間膜には脂肪壊死を認めた。
図1 腫瘤は弾力性があり、表面は光沢のある平滑な被膜で覆われていた 図2 腫瘤は充実性で、結合組織によって大小様々な大きさに分画されていた
2,病理組織所見
(1)HE染色:腫瘤内では円形〜類円形の細胞が充実性に増殖し、薄い結合組織で区画され胞巣状構造を呈していた。増殖形態は主にび慢性であるが、ロゼッタ様に配列する部分があり、基底膜様構造や、中心部に均質無構造の硝子様物を含むCall-Exner小体様構造物が混在し、その周囲にはリンパ球が集簇していた(図3,4)。増殖している細胞の核は円形から類円形で明るく、核小体や核分裂像およびコーヒー豆様の核溝は目立たなかった。細胞質は淡明で多形性を示していた(図5)。
図3 腫瘍細胞の増殖巣は太い結合組織によって区画されて胞巣状を呈している 図4 腫瘍細胞が基底膜様構造を伴ってロゼッタ様に配列している
図5 Call-Exner小体の形成
(2)PAS染色:Call-Exner小体様の管腔構造を形成する細胞の細胞質内および管腔内に、PAS陽性物質を認めた(図6)。
図6 Call-Exner小体のPAS染色像
3.診断および考察
 本症例では、腫瘤が卵巣と思われる部位に存在したこと、細胞の形態が顆粒膜細胞類似であること、結合組織により胞巣状に区画されていること、ロゼッタ様構造および顆粒膜細胞腫に特異的とされている微小濾胞でその中心に好酸性タンパク質を囲むCall-Exner小体様構造が認められたことなどにより、顆粒膜細胞腫と診断した。
 顆粒膜細胞腫は動物の中では牛に多くみられ、雌牛の卵巣の腫瘍では最も多く、発生は比較的老齢の牛に多いとされており、今回の症例も160ヵ月齢と老齢であった。疾患卵巣の典型的所見としては多胞性の蜂巣様構造があげられ、病理組織学的には腫瘍細胞の細胞質は比較的狭く、その形態と配列は正常な卵胞の顆粒膜細胞を模倣する、とされている。また、多くは片側性で腫瘍からステロイドホルモンを分泌するため、臨床症状として無発情、持続性発情、雄性化行動などの異常行動を示すことが知られている。
 顆粒膜細胞腫は悪性で腹腔に播種を起こす場合も考えられるが、今回の病理組織学的所見では、腫瘍細胞の自己融解や外被膜への浸潤像がなく、核の異型性や核分裂像もほとんど認められなかったため、良性で卵巣を原発とする限局性のものと思われた。
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