食肉衛生検査センターだより(畜産技術ひょうご)101号 発行:2011年3月31日)
題名 :食肉衛生検査成績が畜産関係者に語りかけるもの
筆者 :兵庫県食肉衛生検査センター
技術管理課長 八巻 尚
はじめに
 食肉衛生検査は、農場で生産された家畜が枝肉として流通する直前に、食品としての適性が判定される重要な工程である。
 検査時には、枝肉はもとより各臓器に至るまで、獣医師である検査員により注意深くチェックされ、異常所見が1頭毎に記録される。これらの異常所見は、各畜産農家における飼養管理の状況を色濃く反映した貴重なデータと考えられるが、全国的に生産現場における成績活用はあまり進んでいない。
 筆者は県の畜産部局の獣医師であるが、この度、衛生部局との人事交流により、2年間にわたり食肉衛生検査センターに勤務し、実際に様々な所見を数多く見る機会を得た。
 そこで、畜産関係者の視点に立ち、県内における牛の食肉衛生検査の概況と、和牛を中心に注意を要する異常所見について説明する。
1.県内の食肉衛生検査状況
 県内には8カ所の食肉衛生検査機関があり、21年度には約7万1千頭の牛が検査された(表1)。
 この検査頭数は、北海道、鹿児島県、東京都に次ぐもので、全国の中でも非常に頭数が多い。また、品種別に見ると和牛が約半数を占めていることが本県の大きな特徴である。
 しかし、検査頭数の中で県産牛の占める割合は約25%と意外に少なく、全国各地から多数の牛が集荷されていることがわかる。
 これらのことから本県の食肉衛生検査は、県内のみならず全国各地から集荷された多数の牛を検査対象とし、食肉消費の旺盛な関西地域の消費者に安心な牛肉を提供するために実施されているものと考えられる。
2.食肉衛生検査センターの検査状況
 当センターが検査を行っている加古川食肉センターでの21年度の検査頭数は県内の検査機関の中で最も多く、大部分は肉用牛であった。
 和牛の検査頭数は8,685頭で、この内、兵庫県産は2,417頭であった。
 和牛の県外産地は鹿児島県等の九州地域及び香川県等の中四国地域が多く、北海道、東北、関東地域まで広範囲に渡っている(図1)。
図1.食肉衛生検査センターにおける和牛の産地別検査頭数内訳
 兵庫県産牛の中には県外子牛を導入、肥育したものも含まれており、それらを除く純粋な但馬牛と言えるのは1,685頭であった。この内、廃用牛等を除き、「神戸ビーフ」に認定されたものは518頭、「但馬牛」と認定されたものは924頭であった。
3.食肉衛生検査の概要
 食肉センターに搬入された牛は、と畜場法に基づき、獣医師資格を持つと畜検査員によって1頭毎に検査が実施される。
 検査の流れは、と殺前の生体検査、解体後の内臓検査、枝肉検査、そして検査室内におけるBSE検査の順番で進められる。各検査段階において、検査すべき疾病、異常及び措置が規定されており、食品として不適切なものは、一頭全てが廃棄処分(全部廃棄)となり、病変が限局しているものは部分的に筋肉・内臓が廃棄(一部廃棄)される。
 全ての検査を経て合格した枝肉は各食肉衛生検査所の合格印が押印され、初めて市場に流通することができる。
4.全部廃棄となる所見
 21年度に食肉衛生検査センター内で全部廃棄とされたのは64頭である(表2)。この内、乳用牛雌は41頭で、そのほとんどが産前産後の起立不能等により廃用とされたものであるが、敗血症あるいは膿毒症となった事例が多く見られた。
 一方、肉用牛では尿毒症が多く見られた。いずれの品種にも白血病は共通して見られている。
 肥育和牛農家においては、手間暇かけて出荷した牛が全部廃棄処分になると、経済的損失は大きいと考えられる。
 特に注意を要する牛白血病と尿毒症についての説明を以下に行う。
(1)牛白血病
 牛白血病は家畜伝染病予防法に指定されている届出伝染病であり、リンパ球の異常増殖によって起こる悪性腫瘍である。食肉センター内においては、腸管膜及び内腸骨等リンパ節の腫大並びに心臓、腎臓、子宮等の病変が発見される。
 食肉衛生検査センターが加古川食肉センターで検査を行った全部廃棄処分の中で最も頭数が多く、年々増加する傾向にある。
 食肉衛生検査センターと3検査所(西播・但馬・淡路)を含めた全部廃棄頭数は96頭であり、この内、乳用牛雌は56頭、肉用牛は40頭であった。産地別では県内産が72%であった。
 食肉センターでの発見年齢を調べると、乳用牛では6歳をピークに正規分布をとり、文献上の好発年齢4〜8才とおおよそ一致する。しかし、肉用肥育牛では21〜29ヶ月頃に、また繁殖用雌牛では3才から16才まで発見年齢が広く分散する傾向にある(図2)。
 県外産牛からも多く見つかるとともに、全国的に発生件数が増加している状況より、国レベルの対策が必要な段階にあるものと考えられる。
(2)尿毒症
 21年度に県内産和牛において6頭の発生があった。この内、雌牛3頭は高年齢の経産牛における腎炎発生が原因であるが、去勢肥育牛3頭における尿毒症は主に膀胱内尿石の発生が原因であった。
 膀胱内尿石による尿毒症は、膀胱内に発生した大量の尿結石により尿管が閉鎖し、その結果、膀胱が破裂、腹腔内に尿が漏れ、内臓はもとより枝肉まで尿の臭いがする状態で発見される。
 もし、去勢肥育牛において尿毒症による全部廃棄処分となった事例があった場合には、再発生を防止するため、農場内の牛に尿石症を疑う症状、すなわち排尿困難が認められ、陰毛に結石の付着しているような牛の早期発見・治療に努める必要がある。6
 また、飼養管理においては、全頭が十分に飲水できる環境にあるか、飼料中のカルシウム・リンの適切な比(2:1)か、給与飼料中の炭水化物と蛋白質の適切なバランス等に留意する必要がある。
5.一部廃棄となる所見
 表3は肉用牛に特徴的に見られる内臓が一部廃棄となる所見について、本県産と他府県産との発生率を比較したものである。
 まず、肝臓の所見を見ると、鋸屑(きょせつ)肝と肝出血斑の発生頻度に他府県産と統計的に有意な差は見られないが、肝膿瘍は県内産が有意に多い傾向が見られた。これら肝臓における所見は、第一胃の機能と密接な関連を持つ重要な所見なので後に説明する。
 次に脂肪壊死は県内産の発生率が有意に高い傾向にあるが、従来から但馬牛は血統的に脂肪壊死の発生率が高いことが知られており、これを裏付ける結果となった。
 検査時に、脂肪壊死は、腸間膜、直腸、腎臓周囲で確認されるが、狭窄又は閉塞に至る事例は少ない。これは32ヶ月程度の肥育期間では脂肪壊死塊が狭窄に至るまで大きくならなかったものと考えられる。
 膀胱結石は県内産よりも他府県産が有意に多い結果となった。
 これは先に尿毒症の項目で説明した飼養管理技術が他府県よりも優れているものと考えられた。
(1)肝臓の所見
 肝臓の主な役割は解毒処理であるが、「沈黙の臓器」と呼ばれるように損傷に対する再生能力は大きく、その代謝能力以上の障害を受けて初めて症状を示すが、多くの症状は食欲不振等であり明瞭でない場合が多い。
 また、肝臓はビタミンAの貯蔵、運搬にも大きく関わっており、肥育牛の発育や仕上がりと密接な関係があるものと考えられる。
 枝肉成績で勝負する肥育農家にとっては、たかが肝臓の廃棄と思われるだろうが、異常な肝臓所見となった背景には、長期間にわたる第一胃の機能不全やストレス等があったものと考えられ、牛が十分な能力を出し切っていなかったのではないかと疑問を持つきっかけにして欲しい。
@肝膿瘍
 肝膿瘍とは、図3及び4のように肝臓に1から10数個の化膿巣があるもので、肝臓表面の膿瘍が横隔膜と癒着している例も見受けられる。
図3 肝膿瘍が見られた牛の肝臓
肝臓表面に膿瘍(矢印)が点在している
図4 肝膿瘍部分の拡大像
膿瘍は固い被膜で覆われている
 牛を用いた実験により、濃厚飼料の多給や粗飼料の不足等により第一胃内pHが酸性に傾き、胃壁が損傷した傷口から、化膿菌(fusobacterium necrophorum)が侵入し、門脈を通じて肝臓に到達し、膿瘍が形成されたものと考えられている。
 乳用種肥育では高い確率(12〜15%)で見つかることから、調査研究が多く行われ、育成後期から肥育前期にかけての粗飼料給与量が低い場合に多発し、発生牛群では増体量及び肉質とも非発生牛群に比べ低いことがわかっている。
 和牛肥育における調査事例はあまり無いが、乳用種肥育の研究結果をあてはめて考えると、肝膿瘍が多く見つかる場合、育成後期又は肥育前期において粗飼料が十分に給与されているかチェックする必要がある。
 また、緩やかな飼料の切り替え、子牛導入時のストレス除去、適切なビタミンAレベルの維持等にも留意する必要がある。
A鋸屑(きょせつ)肝および肝出血斑
 鋸屑肝とは、肝臓の割面が鋸屑(ノコクズ)をまぶしたように見える病変で、肥育和牛に特徴的に見られる所見である。組織学的には、肝細胞の多発性巣状壊死(壊死が点状に散らばっている様子)が起こっている。また、鋸屑肝には出血による赤色または黒色の斑点が肝臓表面及び割面に散らばって見られるものがあり、これを肝出血斑として分類している(図5、6)。
図5 肝出血斑が見られた牛の肝臓
肝臓表面の一面に黒色の出血斑が散在している
図6 肝出血斑部分の拡大像
 これらの病変に至る直接の原因は、濃厚飼料の多給等で第一胃内に発生したエンドトキシンであることが、牛を用いた実験により確かめられている。エンドトキシンとは牛のグラム陰性桿菌の細胞壁を構成する蛋白質で、第一胃内のpHが急速に酸性に傾いた場合、消化管に常在するグラム陰性桿菌が破壊され、エンドトキシンが胃液内に放出されることがわかっている。
 第一胃内に放出されたエンドトキシンは血管内で血圧低下等の有害な作用を引き起こすため、肝臓内で解毒化されるが、その量が処理量を超える場合に、肝臓に壊死巣を形成することが観察されている。
 肥育和牛における具体的な発生時期を示した試験成績は無いが、濃厚飼料が多く給与され、血中ビタミンAのレベルが低下または回復する期間である肥育中期から後期にかけて発生しているものと考えられる。
 出荷した牛の枝肉成績が思うように向上せず、なおかつこのような肝臓所見が多く発生した場合には、この期間における第一胃内のpHが急速に酸性に傾くような要因を取り除く必要がある。
 この要因としては、  
@)第一胃内で容易に発酵する麦等のデンプン源(NFC)の飼料中の過多
A)第一胃の粘膜機能低下による脂肪酸吸収不足(例)ビタミンA欠乏、暑熱等様々なストレス
B)濃厚飼料の選り食い 等が考えられる。
おわりに
 本県は、繁殖・肥育農場から食肉の消費に至るまで、同一県内の中で一貫した肉用牛の生産流通体制が整備されており、これは全国的にあまり例を見ないものである。また、県内食肉センターには、全国各地から多数の牛が搬入されていることから、県外産牛と県内産牛の食肉衛生検査所見を比較することによって、課題と対策を明らかにし、肥育農家はもとより繁殖農家までさかのぼって指導することができれば、肉質のみならず飼養管理面でも本県が優位に立つ可能性があると思われる。
 同一の牛を見る視点において、食肉衛生検査の目的は食品としての適格性を明らかにすることにあり、多くの畜産関係者の目的は農場の生産性向上にある等、相互に見方、考え方の隔たりはあるが、本報告が食肉センターで牛の示す様々なサインについて、双方が理解し合うための架け橋となれば幸いである。
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