衛生情報 (畜産技術ひょうご109号 発行:2013年3月21日)
題名: 虚弱子牛症候群について
筆者: 洲本家畜保健衛生所
防疫課 向山 徹
はじめに
 虚弱子牛症候群(weak calf syndrome;WCS)とは、原因が特定できないが、哺乳欲の減退や起立困難といった様々な臨床症状から、虚弱と診断される子牛の総称である。そのうち出生時から新生子期(生後28日まで)に、すでに虚弱症状が認められる症例は新生子虚弱症候群とも称される。虚弱症状を示す子牛は、免疫機能が低下して生まれてくるため感染症にかかりやすく、生産性が低下するため、全国的に問題となっている。当所管内でもWCSと思われる事例が散見されているが、最近、大学等で研究が行われ始めた疾病であり、具体的な原因及び対策は不明な点が多い。そこで、このたび、動物衛生研究所で開催された牛疾病特殊講習会に参加し、最新の知見を得たので紹介する。
図 起立困難を呈するWCS症例
1.WCSの原因について
 先天性の免疫不全や、出生時の難産による酸素欠乏、初乳摂取不足、母牛の妊娠期の栄養障害、ホルモン分泌の異常、ストレスなど、母子双方に発症要因があると考えられている。
 その他には、胎子期から新生子期における牛アデノウイルス病や牛ウイルス性下痢・粘膜病、細菌、ネオスポラ原虫等の病原微生物の感染によるWCSが報告されている。
2.臨床症状と臨床病理
 症状として、出生時の低体重(ホルスタイン種で40kg、黒毛和種では20kg以下が目安)、馬様面、易感染(難治性の下痢や肺炎)、低栄養(低血糖、低蛋白、低コレステロール血症)を示す。また、臨床病理学的には免疫細胞産生臓器である胸腺の低形成(出生時50g以下、正常出生子牛では約150g)が見られ、ワクチンを接種しても抗体価が上がらず、効果が低い事も特徴に挙げられる。その他に、血中リンパ球数の減少、初乳摂取量不足から低γグロブリン血症が認められることが多い。
3.治療
 WCS症例の治療には、低栄養の改善を目的として10〜25%ブドウ糖液200mlの経口投与、重症例では輸血を行う。特に黒毛和種の低体重出生例では血清中の鉄濃度の低下が指摘されており、ペプチド鉄の経口投与(0.5〜1g/日、7〜10日)、デキストラン鉄の筋肉内投与(1〜2g、1〜2回)を行う。また鉄の酸化を防ぐため、ビタミンE剤を併用することが望ましい(鉄の酸化によって生じる二価の遊離鉄は、体内で過酸化水素と反応し、有害な活性酸素を生じる)。
4.生産者が出来る予防と対策
 WCSの予防には母牛へのワクチン接種等も重要だが、母牛の適正な栄養管理により、しっかりと免疫機能を持った健康な子牛を産ませることも大切である。
 子牛の免疫機能には、初乳から得られる移行抗体による受動免疫と、子牛自身が胸腺の免疫産生細胞で産生する獲得免疫がある。
 子牛の獲得免疫の強さは胸腺の大きさに比例する。胸腺の形成を促すためには、母牛の分娩前60日間のストレス低減と蛋白充足率が100%以上になるよう餌を与えることが重要である。胸腺形成能を有するアルギニン等をバイパスアミノ酸として与えることや、ビタミン、ミネラルの添加も有効とされている。
 また感染症予防と免疫機能を高めるため、ホルスタイン種では、初乳は生後6時間以内に、2リットル/回の良質初乳を2回、生後できるだけ早く飲ませるのが良いとされている(和牛は初乳中の免疫グロブリン濃度が高いため、給与量は1.5リットル/回で良い)。
 初乳から子牛に取り込まれる移行抗体の濃度は、子牛の哺乳欲の程度に大きく左右される。哺乳欲は、子牛の生後の低酸素血症の程度及び改善時間に左右されることから、母牛に子牛をなめさせる(リッキング)、子牛をマッサージするなどして、子牛の血流を活発化させることが重要である。
 WCS症例に対しては、子牛のストレス軽減のために母牛との同居期間を伸ばす、下痢予防のために生菌製剤を投与する等の対策を行う。また、高蛋白代用乳(粗蛋白質(CP)28%、軟便対策としてオオバコ製剤を添加)を与えることで、子牛の胸腺の成長が促され、日増体量(DG)も改善するという報告もある。
 子牛の生産性を低下させないためには、これらの予防対策を行い、ストレスのない快適な環境のもとで、母牛に健康な子牛に生ませ、育てることが重要である。
5.おわりに
 WCSの発生原因は多様であるが、発生防止にあたっては、母牛の栄養管理、子牛への初乳給与、感染症対策等の基本的な飼養管理が行われているか総合的に点検する必要がある。
 今後、研究が進み、母体内での子牛の胸腺低形成等の具体的な発生機序が明らかになるとともに、より効果的な治療対策が講じられるものと考える。
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