家畜診療所だより(畜産技術ひょうご)110号 発行:2012年6月28日)
題名 携帯型超音波画像診断装置を用いた子牛の臍部異常の診断
筆者 兵庫県農業共済組合連合会 阪神基幹家畜診療所
笹倉 春美
 正常な子牛の臍帯は、出生時に自然に断裂され、臍動脈、臍静脈および尿膜管が体内に引き戻されて閉鎖することにより、外部からの感染を防いでいる。しかし、臍帯断裂後の汚染や臍部閉鎖までの異常により、臍帯炎や尿膜管遺残などの臍部異常を示す子牛も認められる。これらは臍部の腫脹や熱感、臍部からの排膿などの症状がみられることもあるが、触診や視診のみでは診断が困難な症例がある。臍部異常の診断には、超音波検査が有効とされているが、設備の運搬や患畜の移動が困難なため、産業動物の臨床現場ではあまり利用されていない。今回、臍部異常を示した子牛7頭に対して、携帯型超音波画像診断装置を用いて診断を行い、その治療方針を検討した。
1.材料および方法
 調査期間は2011年5月から2012年1月までとした。供試牛は1〜120日齢で、触診により臍部の腫脹および臍部からの排膿を認めた4頭(症例1、4、5、6)と臍部の腫脹のみを認めた3頭(症例2、3、7)とした(表1)。全頭で初診日から抗生剤の投与を行ったが、改善はみられなかった。超音波検査には、携帯型超音波診断装置(探触子は、周波数7.5MHzのリニア型)(図1)を用いた。
表1 供試牛
図1 携帯型超音波画像診断装置
 検査方法は子牛を2%キシラジン鎮静下にて仰臥位保定し、腹部を剃毛した。子牛の下腹部乳房付近に探触子を当て膀胱を描出し、次に探触子を正中線に対して平行に当てて、膀胱、尿膜管および臍部を精査した。病理組織検査は症例5、症例6の摘出部位について実施した。
2.結果
 症例1は、超音波検査において明瞭な膀胱が描出された。臍部に限局した4cm×3cmの膿様物の貯留を描出したため、局所的な臍帯炎と診断し、臍部の摘出手術を行った(図2)。摘出した臍部の内部に少量の膿を認めた。
図2 症例1 上段:超音波検査像、下段:模式図
 症例2は超音波検査において、境界明瞭な膀胱がみられ、臍部の内部に低エコーと高エコーの混合像を示す5cm×4cmの膿様物の貯留を認めたので、局所的な臍帯炎と診断し、摘出した(図3)。摘出した臍部は内部に少量の膿および血腫を認めた。
図3 症例2
 症例3は触診によりヘルニア輪を認め、超音波検査にて膀胱が境界明瞭に描出された(図4)。臍部は3cm×2cmの充実した実質様に描出され、内部に膿様物を認めなかったので、軽度の臍帯炎を伴う臍ヘルニアと診断し、ヘルニアネットにて処置した。
図4 症例3
 症例4は頻尿を認め、超音波検査において、遺残した尿膜管に牽引される扁平な膀胱が描出された。尿膜管は拡張し、内部に不定形なエコー像を示す多量の8cm×4cmの膿様物の貯留を認め、尿膜管膿瘍と診断した(図5)。また、膀胱と尿膜管との連絡がみられた。臍部には膿様物の貯留を認めたが、尿膜管と腹壁は分離し、癒着を疑う像は描出されなかったので、正中切開により、膀胱尖、尿膜管および臍部の摘出を行った。摘出した膀胱と尿膜管および臍部は連絡しており、多量の膿の貯留を認めた。
図5 症例4
 症例5は超音波検査において、遺残した尿膜管に牽引され変形した膀胱を描出した。また正中付近で尿膜管と腹壁との癒着を疑う像を描出した。尿膜管内に膿様物は認められなかったが、臍部に4cm×3cmの膿様物の貯留を認めた(図6)。臍部と傍正中を切開し、膀胱尖、尿膜管および臍部の摘出手術を行った。尿膜管は正中付近の腹壁に癒着し、臍部にのみ膿を認めた。臍部からの排尿は認めなかったが、摘出部位の病理組織検査にて、尿膜管内に均一無構造の物質を認めた。
図6 症例5
 症例6は陰毛に結石の付着を認めた。超音波検査において、膀胱が尿膜管に牽引されて伸長し、尿膜管内には高エコーでシャドーを引く結石様のエコー像を認めた。臍部には少量の膿様物を認めた(図7)。尿膜管は膀胱から臍部に向かって正中付近から右側へ蛇行し、腹壁への癒着を疑う像を描出した。尿膜管を避け、左側の傍正中を切開し、膀胱尖、尿膜管および臍部の摘出手術を行った。尿膜管は腹壁に癒着していた。摘出した尿膜管内に結石は認めなかったが、臍部には少量の膿を認めた。また、臍部からの排尿は認められなかったが、摘出部位の病理組織検査にて、尿膜管内部に臍部から膀胱へ向かって菌塊を認めた。
図7 症例6
 症例7は尿の淋滴を認めた。超音波検査にて、膀胱から臍部へ向かって尿膜管が遺残していた(図8)。膀胱付近で粘膜面の肥厚を認め、尿膜管の腹壁への癒着を疑う像が描出された。しかし、尿膜管内や臍部に膿様物が認められず、排尿も正常化したため経過観察とした。
図8 症例7
3.考察
 子牛の臍部異常は、炎症の進行や慢性化により全身症状や発育不良などを引き起こすことがある。そのために早期の発見と治療が必要であり、その診断において携帯型超音波診断装置の利用は有効であった。腹壁からの深部触診も臍部異常の診断方法の一つであるが、尿膜管壁は膀胱と比べて薄く破裂しやすいため、尿膜管膿瘍の症例で触診中に破裂した報告もある。今回は仰臥位で膀胱から検査を行った。膀胱は内部が低エコーであるため描出しやすく、膀胱から尿膜管や膿様物の有無を検査することにより診断を容易に行うことができた。通常、腹部の超音波検査には深部の描出に適した3.5から5MHzの探触子を用いるが、子牛では7.5MHzの探触子でも腹側からの膀胱の描出に問題はなかった。
 また、膀胱に異常なく臍部にのみ異常を認める局所的な臍帯炎と診断した場合でも、膿様物の有無により、症例1、2のように摘出手術を行う場合と、症例3のように非観血的に治療が可能である場合の判断の指標としても、超音波検査は有効であった。
 症例5においては、摘出された尿膜管内の均一無構造の物質は尿中物質と考えられ、膀胱と尿膜管は連絡していたと考えられた。症例6は、臍部から膀胱へ尿膜管が管状構造をとり、かつ尿膜管内に菌塊が存在していたことから、臍部、尿膜管および膀胱の連絡があったと考えられた。
 尿膜管の摘出手術は、成書では正中切開からの摘出で行うとされている。しかし、尿膜管は腹部正中の腹壁に癒着していることが多く、今回の症例5、6でも正中付近の腹壁に癒着しており、症例7も癒着が疑われた。超音波検査において癒着が疑われる症例に対しては、癒着部を特定して切開部を決定する必要があると考えられた。症例6のように、尿膜管が正中付近から片側に走行している場合でも、超音波検査にて走行を確認し、癒着部分を避けた切開が可能であった。また、膿様物の存在箇所を事前に特定することで、切開部位をより適切に決定することができ、術中に膿瘍を傷つけることなくスムーズな摘出が可能であった。
 今回、子牛の臍部異常に対して携帯型超音波診断装置を応用したことで、患畜を非侵襲的に正確に診断ができ、手術部位の特定など、的確な治療法が選択できた。
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