家畜診療所だより(畜産技術ひょうご)117号 発行:2015年2月9日)
題名 管内における乳牛の分娩性低カルシウム血症の実態調査と検討
筆者 兵庫県農業共済組合連合会 淡路基幹家畜診療所 三原診療所
主任 長谷川 弘哉
 分娩性低カルシウム(以下Ca)血症は酪農の生産現場においてよく遭遇する疾患で、分娩に伴い血液中のCaが急激に乳汁に流出することにより引き起こされる。通常、血液中のCa濃度は7.5〜10.9mg/dLの範囲で調節されており、分娩時に7.4mg/dL以下になったものを分娩性低Ca血症と呼んでいる。多くは分娩後1日以内に発症するが、まれに分娩前に発症することがあるので注意が必要である。症状が進行し、起立不能など重症となった場合、死亡事故もしくは廃用事故へとつながる。また、あまり症状を示さない軽度の低Ca血症であっても、関連した周産期疾患の発生やその後の繁殖成績の低下と密接に関係しており、乳牛の生産性、ひいては酪農経営に大きな損失をもたらす。
 当診療所にも分娩後の活力や食欲の減退、起伏難渋、さらには起立不能などの往診依頼があるが、管内酪農場における分娩性低Ca血症の実態については調査を行った記録がないため、今回調査を実施した。
1.調査内容
 今回は管内28酪農場において2012年10月から2013年3月の期間に分娩したホルスタイン種乳牛に関して、血液中のCa濃度を調査した。調査対象とした牛は症状を特に認めない、もしくは症状があっても軽度の活力や食欲の減退などにとどまるものとした。また、産次数、分娩から血液採取までの経過時間(30時間以内)、酪農家による分娩後の経口Ca剤としての第2リン酸Ca投与の有無を聞き取りし、産次別に比較・検討を行った。
2.成績
 対象となったホルスタイン種乳牛の総頭数は144頭で、産次別に見ると、初産20頭、2産が33頭、3産が30頭、4産が25頭、5産以上が36頭だった。図1〜3に分娩後の経過時間と血液中Ca濃度の関係を、産次数と経口Ca剤投与の有無に分けて示した。
 まず、初産牛20頭においては、7頭が分娩後の経口Ca剤投与あり、13頭が経口Ca剤の投与なしだったが、すべての初産牛の血液中Ca濃度が正常値である7.5mg/dL以上となっていた。次に2産の33頭においては、分娩後経口Ca剤を投与した9頭すべての血液中Ca濃度が7.5mg/dLとなっていたが、投与しなかった24頭中7頭(29%)で軽度の低Ca血症が認められた。また、3産、4産では分娩後に経口Ca剤を投与したにもかかわらず、低Ca血症を示すものが認められた。3産では10頭中3頭(30%)、4産では4頭中1頭(25%)がこれに当たる。経口Ca剤を投与しなかった場合でも、3産では20頭中10頭(50%)、4産では21頭中7頭(33%)が低Ca血症を示していた。最後に、産次の進んだ5産以上の場合、経口Ca剤を投与しなかった24頭中18頭(75%)で低Ca血症が認められ、さらに経口Ca剤を投与した12頭中7頭(58%)でも低Ca血症が認められた。
3.考察
 乳牛の分娩性低Ca血症は産歴と密接に関係し、3産以上の牛や高泌乳牛では発症リスクが高まる。今回の調査でもこの傾向が認められたが、注目点として、3産、4産の牛において経口Ca剤を投与した場合でも低Ca血症がみられたこと、また5産以上の牛においてはこれがさらに高率であったことが挙げられる。調査対象となった農家の飼養形態、飼養規模、給与飼料などはさまざまだが、一定の傾向が認められる結果となった。
 乳牛は一般的に3〜5産で泌乳のピークを迎えるため、乳汁中へ移行するCa量が増加する。また、加齢に伴い、消化管からのCaの吸収能が低下することおよび骨から血液中へのCa動員が遅れることなどの点が発症リスクの増加につながる。
 分娩性低Ca血症を発症してしまった場合、治療として経口もしくは注射によるCaの補充が必要である。食欲不振、震え・ふらつき、皮温の不整や低下など症状が軽いうちに対応すれば回復も早く、その後の影響も少ない。軽症であれば経口Ca剤の投与で回復できるかもしれないが、産次が進むにつれ低Ca血症の発症リスクが高まるうえ、加齢に伴って消化管からのCa吸収能が低下する。よって、少なくとも3産以降は経口Ca剤のみでの治療は効果が期待しにくく、注射によるCaの補充が必要と考えられた。
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