研究情報(畜産技術ひょうご)117号 発行:2015年2月9日)
題名: 完全混合飼料(TMR)に混合する乾草の種類と切断長がルーメン発酵に及ぼす影響
筆者: 兵庫県立農林水産技術総合センター 淡路農業技術センター畜産部
主席研究員 生田 健太郎
はじめに
 TMRは分離給与に比べてルーメン発酵が安定する優れた給与システムとされている。しかし、飼料原料や飼料粒子サイズ(切断長)などTMRの調製条件は様々であり、その違いがどの程度ルーメン発酵に影響するかはよく分かっていない。ルーメン発酵の安定にはルーメン運動や反芻を刺激する繊維質の物理的要因が強く関与するとされている。そこで、今回はTMRに混合する乾草の種類(とくに硬さの違い)と切断長の影響を検討するため、ルーメン液pHを連続測定できるルーメン内留置型の無線式pHメーター(ルーメンpHセンサー:写真)を用いてルーメン発酵状態を把握しつつ、飼養試験を行った。
1.飼養試験の方法
(1)供試TMR
 混合する乾草は、硬いもの(H)として茎が太く粗剛感に富んだスーダンとフェスクを、柔らかいもの(S)として茎が細く粗剛感に乏しいクレインとイタリアンを選定した。乾草以外の飼料原料の配合割合を調節して養分含量を等しくした上で、カッティングミキサーの撹拌時間を変えることにより、それぞれ長い(L)、中間(M)、短い(S)の3段階の切断長のTMRを調製した。これにより、試験区としては乾草の硬さ2水準と切断長3水準の組み合わせで二元配置の計6区(HL,HM,HS,SL,SM,SS)を設定した。
(2)切断長の評価方法
 切断長はペンシルバニア大学が開発したパーティクルセパレーターという篩(ふるい)を用いて測定した。目の大きさの異なる3種類の篩を重ね、2掴み程度のTMRを乗せて規定の方法で震盪(しんとう)し、それぞれの篩上に残った重量を専用の計算シートに入力することで算出される平均粒子サイズを指標としたが、酪農現場では上から二段目の篩上の重量割合の方が利用しやすいため、それらも併記した。
(3)飼養試験
 ルーメンフィステルを装着した泌乳期の経産牛3頭を供試し、各試験区のTMRを10日間ずつ給与し、最終3日間を本試験期とし、アンモニア態窒素濃度と揮発性脂肪酸(VFA)濃度を測定するため、朝の飼料給与直前と給与後2時間にフィステル経由で胃底部からルーメン液を採取した。また、ルーメン液pHをルーメンpHセンサーを用いて10分間隔で連続測定した。
(4)ルーメン液pHデータの解析
 ルーメン液pHの基底値と日内変動パターンには個体差があるため、試験区間でpH値そのものを比較しても試験処理の影響を評価できない。そこで、供試牛毎に10分間隔で測定したpH値から1時間毎の時間帯平均pHを算出し、それらの最高値から各時間帯の平均pHを差し引いて各時間帯のpH変動幅を算出した。つまり、pH変動幅はpHが低い時間帯では大きく、高い時間帯では小さくなる。各時間帯間でpH変動幅を多重比較検定することにより、有意な日内変動があったか否かを検討した。
2.試験結果
(1)供試TMRの切断長
供試TMRは供試牛毎に調製した。それらの切断長と上から二段目の篩上の重量割合は、長い(H)区で6.88±0.91mm、14.9±2.6%、中間(M)区で5.35±0.37mm、18.2±3.2%、短い(S)区で4.83±0.21、22.3±1.8%であった。
(2)アンモニア態窒素濃度、総VFA濃度およびVFA構成割合
 アンモニア態窒素濃度、総VFA濃度およびVFA構成比率はいずれも朝の飼料給与直前すなわちルーメン発酵が最も落ち着いている時点において有意差が認められた。
 アンモニア態窒素濃度は乾草が硬く切断長が長いものから乾草が柔らかく切断長が短いものになるにしたがって低下し、HL区とHM区に対しSM区とSS区が有意に低値を示した(図1)。
 総VFA濃度は乾草が硬く切断長が中間で低く、HM区がHS区とSS区に対し有意に低値を示した(図1)。VFA構成割合では、酢酸割合はHS区が乾草の柔らかい各区に対し、有意に低値を示し、逆にプロピオン酸はHS区が乾草の柔らかいSM区とSS区に対し有意に高値を示した結果、酢酸/プロピオン酸比はHS区が乾草の柔らかいSM区とSS区に対し有意に低値を示した。酪酸割合は乾草の硬いHL区とHS区が乾草の柔らかい各区に対し、有意に高値を示した(図2)。
(3)ルーメン液pH
 乾草が硬いTMRではpH変動幅はいずれの時間帯間にも有意差はなかった。
 乾草が柔らかいTMRでは以下のようにpH変動幅の時間帯間による有意差が認められた。SL区ではpHがもっとも低くなる18〜19時とpHが比較的高い1、2、5、6時との間でpH変動幅に有意差が認められた(図3-1)。さらに、SM区ではSL区よりも多くの時間帯間でpH変動幅に有意差が認められた(図3-2)。しかし、SS区では、pH変動幅に有意差が認められる時間帯がSL区やSM区よりも少なかった(図3-3)。
おわりに
 TMRを給与していればルーメン発酵の安定性は確保されていると思い込んでいた人も多いかもしれないが、ルーメン液pHの変動を詳細に把握・検討することにより、乾草の硬さや切断長といった物理性の違いがルーメン発酵に影響することが明らかとなった。なお、切断長の調節にはカッティングミキサーの刃の切れ味が重要であり、短くしようとして切れ味の悪い刃で長時間攪拌すると繊維が引きちぎられたような切断面となり、胃粘膜への刺激性が低下することが危惧される。刃の切れ味を手で確認するのは危険だが、TMRの刺激性(チクチク感)は手でも確認できるので、切断長と併せてチェックして頂きたい。
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