食肉衛生検査センターだより
題名 :兵庫県下におけるクリプトスポリジウムの汚染実態調査
一食鳥処理場搬入鶏のオ―シスト保有状況一
筆者 :兵庫県食肉衛生検査センター 但馬食肉衛生検査所
源田 健
 

 クリプトスポリジウムは、哺乳類、鳥類、は虫類、および魚類など広い宿主域を有する人畜共通の小型原虫である。獣医畜産領域においては、クリプトスポリジウム感染による子牛の下痢症や鶏の呼吸器疾患の他、豚、山羊、馬における感染も知られている。人においては下痢を主徴とし、近年、水道水、プール水を介した集団感染例が米国を中心として次々と報告されており、わが国においても1996年に埼玉県越生町で公共水道を原因とした大規模な集団感染事例が発生している。

 牛、豚のオ-シスト排泄状況にっいては、1997年に農林水産省による全国調査がなされ、さらに兵庫県産のと畜場搬入牛については食肉衛生検査センターで平成9年度に調査し、その概要は既報のとおりである。一方、鶏を対象とした疫学調査は乏しい。そこで、兵庫県内産鶏における本原虫のオーシスト保有状況を調査するとともに寄生部位の特定を試みた。

材料および方法

調査対象:

 1998年5月から1999年1月の9ケ月間に兵庫県下の食鳥処理場4施設で処理された77農場418羽の県内産鶏を対象として調査した。

検体の採取:

 調査に用いたふん便は、盲腸および結直腸から採取した。この際、寄生部位を特定するため気管、十二指腸、盲腸、直腸、およびファブリキウス嚢を採取した。

オーシストの検出:

 ふん便からのオーシストの回収は、ショ糖を用いた遠心沈殿浮遊法により実施し、位相差顕微鏡により4O0倍で観察した。

寄生部位の特定:

 10%ホルマリン液で固定した各臓器をパラフィン包埋し、薄切標本を作製した。標本は、ヘマトキシリン・エオジン染色を施し鏡検した。

成 績


オーシストの特徴:

 今回の調査により検出されたオ一シストは約7.5×5.0μmの楕円形で、位相差顕微鏡観察により白色に輝き、他の爽雑物との鑑別は容易だった。これらのオーシストは直接蛍光抗体法(CRYPTO-CEL IF TEST:CELLABS PTYLTD)で陽性を示し、さらにDAPI(4',6‐diamino-2-phenylindole)染色および微分干渉観察で4つのスポロゾイトの核が確認されたことからクリプトスポリジウムと同定した。

オーシスト保有状況:
 調査した鶏計418羽のうち37羽からクリプトスポリジウムのオーシストが検出され、陽性率は8.9%であった。

 表1に産地別調査結果を示した。東播磨地域、但馬地域において陽性例が認められ、陽性率はそれぞれ16.2%、3.8%であった。


 日齢別の調査結果は表2のとおりで、49日以下では検出されなかったが、50〜79日で4.1%、80日以上で14.8%の陽性率であった。

 農場別にみると、調査した77農場の内、陽性例の認められた農場は14農場(18.2%)で、それらは表3のとおり10〜100%(平均38.1%)と高い陽性率を示した。

寄生部位の特定:

 ふん便からオーシストが検出された37検体のうちファブリキウス嚢を採取できた33検体中18検体(54.5%)において、ファブリキウス嚢の粘膜上皮表層にクリプトスポリジゥムの寄生を認めた。気管および消化管は粘膜の損傷が著しく、クリプトスポリジウムの有無について確認することはできなかった。

考 察

 わが国の鶏におけるクリプトスポリジウム寄生例は、板倉らが鳥取・岡山・鹿児島県で、西川らが佐賀・熊本・福岡県で下痢などの症状を呈した病鶏および死亡鶏から報告している。今回の調査により、兵庫県下の鶏に関してもクリプトスポリジウムの感染が明らかと なった。

 鶏におけるクリプトスポリジウムオ-シストの保有率は22.4%であったとの報告もあり、それと比較すると本調査の結果は、必ずしも高い値ではないが、農場別にみると、陽性例の認められた農場は、高い陽性率を示しており、同一鶏群においては、濃厚に感染していることが示唆された。


 今回の調査結果では、日齢の増加とともに陽性率の上昇が認められたが、クリプトスポリジウムに対する感受性は鶏種により異なるとする報告もある。本調査では、鶏種が同一ではないため、日齢と陽性率との関係を明らかにすることはできなかった。  

 鶏など鳥類に感染するクリプトスポリジウムとしては、Cryptosporidium baileyi(本来の宿主:鶏、主たる寄生部位:気道、結腸、総排泄腔、ファブリキウス嚢、オーシストの大きさ:約6.6×5.0μm)とC.meleagridis(本来の宿主:七面鳥、主たる寄生部位:回腸、オ-シストの大きさ:約5.2×4.6μm)が知られている。今回の調査で検出されたオーシストは、約7.5×5.0μmの楕円形で、陽性検体の半数以上にファブリキウス嚢への寄生が認められたことからC. baileyiが強く疑われた。

 鳥類由来のクリプトスポリジウムは、哺乳動物には感染せず、人への病原性はないとする報告が多いが、哺乳動物を宿主とするC.parvumのオーシストを鶏の気管内に接種すると、感染が認められるという報告や、人が鶏の飼育中に罹患した症例、またエイズ患者の死亡例でC. baileyi の感染が疑われる症例も報告されていることから、今回の調査で鶏から検出されたオーシストが、人への感染源になることを完全に否定することはできない。

 クリプトスポリジウムのオーシストは、生産農場で一般的に用いられる薬剤には強い抵抗性を示し、通常の使用濃度ではどれも効果がないといわれている。したがって、クリプトスポリジウム感染症に対する効果的な治療法、予防法および汚染防止対策についての研究が待たれるところであるが、現状においては、通常の鶏舎の洗浄・消毒、鶏ふんの適正処理等の徹底により感染の危険性を軽減することが必要である。さらに、人への危害を正しく評価し、関係部局が連携して総合的な安全対策を講じることが公衆衛生上重要である。

【 戻る 】