家畜診療所だより
題名 :尿道下裂を呈する黒毛和種雄子牛の1症例
筆者 :兵庫県農業共済組合連合会 淡路基幹家畜診療所
住 伸栄
 
【 尿道下裂を呈する黒毛和種雄子牛の1症例 】

 尿道下裂とは、外部生殖器の発生段階において、雄では本来閉鎖するはずの尿道溝が閉鎖せず、陰茎の途中で尿道が開口している状態をいう。ヒトでは代表的な外部生殖 器の先天性異常であるが、牛においては報告が少ない。

 今回、尿道下裂を呈する黒毛和種子牛を診療する機会を得たので報告する。

1.材料および方法

症例の概要

 発生牧場は繁殖雌牛約60頭、肥育牛約10頭を常時飼養している。

 症例牛は1998年1月21日出生し、その翌日、「雌雄の判別がつかない。」との稟告で求診があった。

 症例牛には、会陰部に雌の外陰部に似た形状が見られ(写真1)、その部位からの排尿が確認された(写真2)が、正常な雌のものに比較して肛門からの距離が長く、下腹部には皮膚が半径1cmほどの嚢状になっている部分が左右2カ所に見られた(写真3)




染色体検査

 生後20日で症例牛の採血を行い、ヘパリン処理した全血により、染色体検査を行った。

hCG負荷試験

 症例牛、同居の雄子牛(1998年2月7日生まれ)、同居の去勢牛(1997年11月3日生まれ)にhCG負荷試験を行った。

 試験の方法を図1に示した。採血はへバリン加真空採血管にて行った。hCG3000IU(油性ゲストロン・E、デンカ)は筋肉内投与した。採血した血液の血漿中のテストステロン濃度を酵素抗体法により測定した。 潜在精巣摘出手術 傍正中切開により、潜在精巣摘出手術を行った。 出荷成績 淡路家畜市場における、出荷体重、販売価格を調査した。



2.結果

染色体検査

 症例牛の染色体は60,XYであり、異常は認められなかった。その結果、症例牛の性別は雄であり、外部生殖器は尿道ド裂の状態であると判定された。

hCG負荷試験

 症例牛の陰嚢は2分陰嚢であり、5カ月齢となっても精巣の下降が見られなかった。

 そこで、機能する精巣が腹腔内に存在するか否かを確認するためにhCG負荷試験を行った。試験結果を図2に示した。

 尿道下裂を呈する本症例牛では、hCG投与前の血漿中テストステロン濃度は2.32ng/mLであり、正常雄牛よりは低値であるが、去勢牛に比較すると明らかに高い値を示した。また、hCG負荷により症例牛の血漿中テストステロン濃度は上昇を示し、5日後には4.06ng/mLとなった。


潜在精巣摘出手術

 hCG負荷試験の結果をふまえ、195日齢において症例牛の潜在精巣摘出手術を実施した。右精巣を鼠径部に、左精巣を浅鼠径輪に確認し、両側とも摘出した。 症例牛の精巣は正常に陰嚢内に下降していた精巣と比較して小さかったが、正常な形態を備えていた。

出荷成績

 症例牛は1998年11月18日、301日齢で、淡路家畜市場に上場された。山荷体重は268kg、販売価格は423,150円であった。同月、同市場の去勢子牛の平均販売価格は417,205円であり、症例牛の価格は平均を上回っていた。

3.考察

 尿道下裂は個体の発生段階で雄への性分化が不完全なためにおこる。受精卵から原始性腺が分化し、原始性腺は精巣決定因子により精巣に分化すると考えられている。精巣決定因子の欠損、機能障害、作用障害により精巣は形成されず、内外生殖器は雌化する。この過程で異常がある場合は複数臓器が障害を受けている可能性が高い。

 今回の症例の精巣は、形態、テストステロン産生能ともに正常であることがhCG負荷試験および潜在精巣摘出手術によって確認できた。したがって本症例は遺伝子異常による臓器発生異常ではなく、分化した精巣からテストステロンとミューラー管抑制因子(IMF)が分泌されることにより、性器元器が雄の生殖器へと分化する過程での異常と考えられ、肥育に供するには間題がないと考えられた。

 先天性異常をもった子牛は順調な発育を遂げても、他にも異常があるのではないかとの危惧から低い価格で取り引きされることがしばしばある。繁殖経営においては子牛の販売価格が経済性に大きく作用するため、個体販売価格の低下は重大な間題である。本症例については、染色体検査、hCG負荷試験による裏付けと、確立された潜在精巣摘出手技により、去勢牛として間題なく肥育に供することのできる状態で市場出荷ができ、経済的損失を免れることができた。

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