技術情報(畜産技術ひょうご81号 発行:2006年3月20日)
題名 :暑熱対策の早期実施と送風改善の普及
筆者 :加西農業改良普及センター
普及主査 松井 孝之
はじめに
 乳牛は暑さに弱く、体感温度が21℃を超えると体温が上がり、呼吸数も増え始める。暑さによるストレスは食欲不振を引き起こし、特に高泌乳牛ではその影響を受けやすく、乳量や乳成分の低下、ひどくなると代謝病や熱射病を発症、死に至るケースもあり経営的に大きな痛手となる。死に至らないまでも暑さで受けたストレスは、夏以降も2か月間続くといわれており、不受胎による空胎期間の延長等の繁殖成績の低下は、翌年の経営にも大きな影響を及ぼす。
 暑熱対策は、酪農経営にとって毎年の重要な作業であるが、人が常に暑さを感じる時期から実施されることが多く牛にとっても適切ではなかった。そこで、暑熱対策の早期実施と送風改善を効率よく進め、夏期の乳量・乳質の低下を防ぐため、平成15年度から東播酪農農業協同組合と関係普及センター、家畜保健衛生所等で組織する指導担当者会で暑熱対策全戸巡回調査・改善指導に取り組んでいる。
1.活動の内容
(1)暑熱対策の早期実施の啓蒙と現地巡回指導
 まず、4月の段階で暑熱対策の実施時期や送風方法、改善事例等を盛り込んだ技術情報資料を全戸に配付して暑熱対策の啓発を行っている。
 5〜6月にかけての現地巡回で送風ファン等の稼働の有無や台数、舎内環境の調査・点検を行う。主な調査内容は次のとおりである。
@牛床、通路、壁や窓等の牛舎見取り図を作成。
A送風ファンや換気扇の台数と設置場所、インバータの有無等を記録し稼働状況を確認。
B舎内各地点で温度、風速、風向を測定。換気不良箇所をチェック。
C牛への風速を測定。送風が適正かどうかを確認。
 このような調査結果から、その場で経営主に暑熱対策の問題点や換気不良箇所を指摘し、送風ファンの増設、取付位置や角度の変更、遮蔽物の撤去等の改善指導を行っている。必要に応じて、組合が送風ファンやインバータ等の斡旋も行う。
 平成16〜17年度は、前年度の調査結果から送風ファンの増設等の改善箇所とその効果を確認しながら調査・指導を行った。
(2)牛に直接風を当てる“送風”で換気も改善
 牛への送風による体感温度は、「温度−6√風速(m/秒)」という式で予測できる。そのため、牛に直接風を当て体感温度を下げると共に、窓や壁等を極力取り払い、「舎外から新鮮な空気を入れて、舎内の湿ったよどんだ空気を外に押し出す」という送風と換気を考えた暑熱対策への改善を進めている。
 古い繋ぎ牛舎では構造的な制約も多いが、すべての牛にムラなく風を当て発汗量の最も多い首から肩付近へ送風するには、牛床上部から斜め下に送風し縦方向に風を抜くレイアウトが、現状ではベストと思われる。その際、一般的な直径1mの有圧ファンでは、その能力から2〜3頭に1台の設置が望ましい。(写真1)
(3)“インバータ”で早期実施と省エネを実現
 初夏や秋口に秒速1〜2mの風を当てるには、インバータが不可欠である。送風ファンと合わせてインバータを導入することを推奨している。インバータには、回転速度の3乗に比例する省エネ効果があるといわれ、80%の回転速度で約50%の省エネとなる。(写真2)
写真1 横換気(引抜)から縦送風に改善した牧場
写真2 インバータで風速調整
2.早期実施と送風システム改善による効果
 図1は、猛暑であった平成16年5月に暑熱対策を実施していたかどうかにより、4月の経産牛1頭当たりの日平均個体乳量を100%として、その後の乳量変化を比較したものである。両者間の差は5月から徐々に現れ始め、8〜10月にかけては、11%(乳量で6s)以上の差がついた。
 図2は、上記の早期実施牧場について、送風ファンで牛に送風する暑熱対策を行い、なおかつ1台当たり経産牛3頭以下の牧場と、3頭以上またはその他の暑熱対策を行う牧場の日平均個体乳量を比較したグラフである。前者の乳量減少はほとんどなく効果の高さが伺える。17年についても同様の結果が出ている。
 平成15年に老朽化した牛舎の改築と合わせて、縦方向に3頭に1台以下の割合で送風ファンを設置し、インバータも導入したA牧場では、舎内環境が大きく改善され、図3に示すとおり夏期の日個体平均乳量、年間産乳量とも飛躍的に向上した。
 牛舎内で斜め下向きに送風ファンを設置する場合、屋根裏からチェーンで吊すことが一般的であるが、断熱材の入っていない屋根や軒が低い牛舎では、夏の最盛期に屋根からの輻射熱の影響が大きいことがネックであった。そこで、最近は園芸用のスプリンクラーを使った簡易な屋根散水を実施する牧場が増えている。現地で8月に調査した結果では、送風と屋根散水を同時に実施した場合、約41℃あった屋根裏の温度は、約31℃まで低下し舎内温度も0.6〜0.7℃低下した。
図1 暑熱対策早期実施による乳量の違い
図2 送風対策早期実施による乳量の違い
図3 A牧場の送風改善前後の乳量比較
3.“カウコンフォート”からのアプローチ
 先にも述べたが、繋ぎ牛舎の多くは老朽化しており、構造的な制約もあるため、暑熱対策の改善が思ったように進まない。そういった牛舎では送風・換気以外にも多くの問題を抱えていることから、現在普及センターでは牛床・飼槽・給水・繋留と合わせて一体的な改善を行う「カウコンフォート」の観点からのアプローチと指導を行っている。
4.最後に
 平成15〜17年の調査データと乳量成績から、暑熱対策の早期実施と推奨する送風システムの有効性は実証されつつある。両者を実践する牧場を個別に見ると、送風・換気とあわせて屋根散水や牛体散水、細霧システム、西日除け等の他の暑熱対策の導入、飼槽や給水設備の改修、飼料給与の改善など乾物摂取量を落とさないために様々な技術を実践しており、それが大きな経営成果として現れている。
 暑熱対策は酪農経営にとって、単なる「夏場だけの技術」ではないことを再認識することが必要である。
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