衛生情報(畜産技術ひょうご82号 発行:2006年8月30日)
題名 豚肥育農場における呼吸器疾病対策ワクチンプログラムの検討
筆者 姫路家畜保健衛生所
病性鑑定課主任 大田 康之
 豚の呼吸器病の中で、最近、豚呼吸器病症候群(PRDC)が問題になっている。PRDCは、複数の病原体に感染することにより、症状が重症かつ急性の病態をとる。PRDCに関与する病原体は、従来からある流行性肺炎の原因であるパスツレラ・マルトシダ、マイコプラズマをはじめ、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルス、豚サーコウイルス2型ウイルス(PCV2)、豚インフルエンザウイルスなどがある。これら病原体の感染と豚側の要因(感受性、免疫能力、移行抗体の有無など)、環境の影響(換気、群編成、栄養状態など)が相互に関連して発症する(図1)
 生体の肺や気管支は、病原体の侵入門戸となりやすいが、正常であれば肺胞マクロファージ、気管支線毛上皮細胞、抗体などの作用により、病原体の侵入を防いでいる。しかし、PRDCの場合、まずPRRS感染による免疫能力の低下やマイコプラズマの感染による線毛上皮細胞の破壊、PCV2感染による抗体の産生低下がおこる。これらが複雑に絡むことで、他の病原体による二次感染をおこしやすくなり急性、重症化する。このことからPRDC対策は、はじめに感染し悪影響を与えている病原体の把握と防除が重要になっている(図2)。
 今回、我々が取り組んだ管内の一養豚肥育農場でのPRRS、マイコプラズマを中心とした防除対策について報告する。
図1 豚呼吸器病症候群
図2 PRDCの二次感染の機序
(1)農場概要
 当該農場は、2豚舎800頭規模で、県外繁殖農場から約70日齢で毎月200頭を豚舎Aに導入し、導入後約50日の豚100頭を毎月豚舎Bに移動していた。出荷は月2回、2豚舎からそれぞれ月約100頭を出荷していた。農場の飼養形態の関係でオールインオールアウトは実施していなかった。給与飼料は、導入時から10日間は配合飼料を給与し、それ以降は出荷まで加熱処理した残飯を給与していた。これまでに呼吸器疾病による事故が散発し、当所ではPRRS、PCV2、豚胸膜肺炎など様々な疾病を診断してきた。農場の疾病浸潤状況を調査したところ、PRRSは導入2週後の豚群では抗体陰性であったが、6週後の豚群では全頭陽性を示し、野外ウイルスに感染していた。また、と畜検査成績でマイコプラズマ様肺炎が多くみられ、肥育成績に影響を与えていると考えられた。
 これらのことから、PRDCの発生予防のためのPRRSとマイコプラズマ対策として導入元でのワクチン接種が困難なことから、豚舎Aでの導入時のワクチンプログラムを検討した(図3、4)。
図3 農場概要
図4 背 景
(2)材料
 試験期間は平成16年8〜12月で、1回接種で抗体を獲得し維持できるマイコプラズマ・ハイオニューモニエ(Mhp)オイルアジュバントワクチンとPRRS生ワクチンを使用した。飼養管理の面から、容易に接種できること、2種類のワクチンの作用部位が異なることから導入時に筋肉内に同時接種した。導入時に20頭ずつ3群に分け、試験群はPRRSとMhp同時接種群(A群)、PRRS単独接種群(B群)、無処理群(C群)として、各10頭を個体識別し調査豚とした。導入時、3、4、5、16週目(出荷時)に採血し、肺と肺門リンパ節をと畜時に採材した。
(3)方法
@病原検査
 PRRS、Mhp、マイコプラズマ・ハイオライニス、マイコプラズマ・ハイオシノビエについて、肺乳剤を用いてPCR法で検査した。PCV2は、肺門リンパ節を用いて各群3検体について、抗ビオチン化PCV2豚血清を用いたSAB法で免疫組織化学染色(IHC)を実施した。
A抗体検査
 PRRS、Mhpはエライザ法、豚胸膜肺炎2型(APP2)はラテックス凝集反応を、豚インフルエンザは和田山株(H3N2)、京都株(H1N1)について赤血球凝集抑制法で検査を実施した。
B生化学検査
 各調査群の状態を確認するために、ストレス、感染の指標として血清ムコ蛋白をCBB-250法で測定した。
C病理検査
(ア) 肉眼検査
 マイコプラズマは野外に広く存在し、抗体検査のみでは効果判定が難しいため背側、腹側の肺炎病巣領域を計測し、指数を乗じ、病変面積を比較した(図5)。
図5 肉眼検査
(イ) 一般組織検査
 マイコプラズマ、PRRSの病変確認のため、病変を形成しやすい肺葉の先端部を採材し、肺葉、肺門リンパ節を10%中性緩衝ホルマリン液で固定後、常法に従いヘマトキシリン・エオジン染色により組織観察を実施した(図6)。
 マイコプラズマの病変は、肺葉につき気管支20か所を検索し、特徴病変である気管支周囲へのリンパ球の浸潤、いわゆる周囲性細胞浸潤(図7)と、リンパろ胞の形成がみられた気管支の数を計測し、出現率を比較した。
 PRRSの病変は、間質性肺炎の影響とされる肺胞壁の肥厚の程度を「なし」「軽度」「中等度」「重度」の4段階にスコア化し比較した(図8)。
図6 肺の採材部位
図7 周囲性細胞浸潤(cuffing pneumonia)
図8 肺胞壁の肥厚
D出荷成績
 群ごとの出荷率、大物出荷頭数、肉の格付けを比較した。大物出荷頭数は、導入後100日間飼養し、出荷時に枝肉重量で65kgを超えた頭数を比較した。肉の格付けは最良のものを「1」として、「1」から「5」まで5段階で評価し、比較した。
(4)結果
@病原検査成績
 PRRS、Mhp、マイコプラズマ・ハイオライニス、マイコプラズマ・ハイオシノビエはいずれもPCRで陰性であった。PCV2は、一般組織検査で特徴的病変である封入体は確認できなかったが、軽度のリンパ球減少がみられ、IHCにより全群でPCV2抗原陽性を確認した。
A抗体検査成績
(ア) PRRS 
 ワクチンを接種したA、B群で接種後抗体の獲得があった。ワクチン未接種のC群では、4週目以降陽性を示し野外感染の可能性があった(図9)。
図9 PRRS抗体価
(イ) Mhp
 A群で4週目以降ワクチン抗体と思われる上昇がみられた。B、C群では出荷の時点で、高い抗体を保有し、野外感染があったと考えられた(図10)。
図10 Mhp抗体価
(ウ) 豚インフルエンザ
 調査した2株について、抗体陰性のまま推移し、感染はなかった。
(エ) APP2
 導入時には高い抗体を保有する個体もみられたが、出荷時には全群陰性で病変もみられなかった。
B生化学検査(ムコ蛋白)
 A群でやや高い傾向だったが全群で比較的高い値で推移し、出荷時にはほぼ正常値となったため、調査群の状態はほぼ同程度と考えられた(図11)。
図11 APP2抗体価とムコ蛋白
C病理検査成績
(ア)肺病変の肉眼検査成績
 呼吸器疾病によると思われる事故がB群で1頭、C群で2頭みられたため、調査頭数に差がみられた(成績には病性鑑定を実施したC群の1検体も含む)。
 A群では病変を形成していないものが6検体みられた。B群では病変がないものが1検体みられたが、C群とほぼ同様であった(図12)。
図12 肺病変面積の分布
(イ)組織所見の成績
 周囲性細胞浸潤の出現率は、C群と比較してA、B群で低下した。リンパろ胞の形成は、C群と比較して前葉、中葉においてA群が約10%、B群が約5%軽減していた。肺胞壁の肥厚は、A群で軽度であった(表1)。
表1 組織所見スコア成績
D出荷成績
 出荷率はA群が100%であったのに対して、B群では90%、C群では80%であった。出荷頭数ではC群と比較して、A群が5頭、B群が3頭多く、肉の格付けでは差はみられなかった(表2)。
表2 出荷成績
(5)考察
 Mhp、PRRSワクチンの同時接種により、有効な免疫が得られた。また、肺の病巣領域の減少があり、組織学的にも、病変の軽減を確認した。ワクチン接種群の出荷成績向上は、呼吸器を健全に維持したことにより良好な発育に結びついたものと考えられた。
 今回の調査豚は、Mhp、PRRSの移行抗体を保有しない状態であったためワクチンブレイクはみられなかったが、このプログラムを他農場で応用する場合は抗体保有状況を把握したうえで、各々接種時期を変更する必要があると思われる。
 PCV2は野外に広く浸潤するため、診断には封入体の確認などの検査が重要になっている。今回の調査では、一般組織検査、免疫組織化学染色からその病変は軽度であった。PCV2の発症機序については現在未解明であるが、PRRSとの相互作用も考えられ、PCV2の観点からも、PRRS対策は重要になっている。
 今後、PRDC対策は必要不可欠であり、今回検討したワクチンプログラムは、その第一歩として、有用であると考えられた。
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