家畜診療所だより(畜産技術ひょうご)91号 発行:2008年10月1日)
題名:一酪農場に発生したSalmonella Typhimurium感染症と清浄化対策
筆者:兵庫県農業共済組合連合会 西播基幹家畜診療所
主幹 上田 茂樹
 成乳牛のSalmonella Typhimurium(ST)感染症は1978年から1980年にかけて発生が報告され、その後は散発的なものに留まっていたが、1990年に入って急激な増加傾向を示し、近年、全国各地でその発生が報告されている。ST感染症は下痢、敗血症による死廃事故や乳量の減少、抗菌剤使用による乳の廃棄等、また、一度侵入すると常在化しやすく、清浄化は大変困難であると言われ、農家経営にとって大きな損失となる。
 今回、県内の一酪農場で2006年10月、搾乳牛5頭に重篤な全身症状を伴う激しい下痢症が発生したため細菌検査を実施した結果、ST感染症と診断し、治療、予防措置を行ったのでその概要を報告する。
1.材料および方法
1)A農場の概要
 発生農場はホルスタイン種搾乳牛67頭、育成牛9頭、哺乳子牛10頭を飼養する酪農場で、搾乳牛は対尻式のタイスト−ル、乾乳牛は別棟パドックで1頭飼いにて飼養していた。
2)発生経過
 2006年10月26〜27日にかけて、搾乳牛5頭が41℃前後の発熱と食欲の廃絶、粘膜や血液の混入した激しい下痢を呈し、その内の1頭が10月30日に死亡した。その後も21頭が発症し、治療を行ったが11月7日さらに1頭が死亡、2007年5月28日になって新たに1頭が発症した。
3)ST汚染状況調査
 直腸便(発症牛および飼養牛全頭)、環境材料として飼槽、給水器、通路、埃、飲料水、飼料、敷料、猫糞便、バルク乳を検査材料とした。
4)細菌学的検査
 糞便はノボビオシン加DHL寒天培地に直接塗布し37℃24時間培養する直接培養と、ハ−ナテトラチオン酸塩培地(HTT)で42℃24時間増菌後、ノボビオシン加DHL寒天培地で培養する増菌培養を行った。環境材料は10%スキムミルクで湿らせたガ−ゼで拭き取り、リン酸緩衝ペプトン水で37℃24時間培養後、HTTで42℃24時間増菌し、DHL寒天培地で培養する増菌培養を行った。また増菌培養で陰性のものは更に遅延二次増菌培養を実施した。サルモネラ選択培地(XLT4培地)に生えてきたコロニ−について釣菌後、腸内細菌同定用キット「アピ20E」(BIOMERIEUX)を用いて菌種の同定を行った。サルモネラの血清型別は市販のサルモネラ免疫血清「生研」(デンカ生研)を用いて実施した。
5)薬剤感受性試験
 発症牛由来株についてアンピシリン(ABPC)、セファゾリン(CEZ)、カナマイシン(KM)、ゲンタマイシン(GM)、ストレプトマイシン(SM)、エリスロマイシン(EM)、オキシテトラサイクリン(OTC)、オフロキサシン(OFLK)、シプロフロキサシン(CPFX)、ホスホマイシン(FOM)、サルファ剤・トリメトプリム合剤(SXT)、リンコマイシン(LCM)、エンロフロキサシン(ERFX)の計13薬剤を用いて一濃度ディスク法で行った。
6)病理学的検査
 10月26日に発症後、治療で血便は改善したものの、水様性の下痢が続き、衰弱し、11月7日に死亡した牛を用いて病理学的検査を実施した。
7)治療および予防対策
(1)治療
 発症牛全頭にエンロフロキサシン(ERFX)製剤(バイトリル5%注射液:バイエルジャパン)2.5mg/kgを5日間頚部皮下に連日投与し、その後の検査でST陽性のものは更に1クール投与した。なお、抗菌剤による治療は2クールまでとした。図に投薬プログラムを示した。
 生菌製剤(ボバクチン:共済薬事)を10月31日から連日25〜40g/頭の割合で飼料添加、若しくは経口投与した。
(2)衛生対策
 11月1日、牛舎の出入り口に踏み込み消毒槽を設置し、11月2日スチ―ムクリーナーによる通路洗浄と消石灰の散布を行った。さらに11月16、17日には牛を移動し、スチ―ムクリーナーを用いた牛舎、牛床の徹底的な消毒を実施した。
(3)ワクチネーション
 全ての飼養牛と導入牛に対し、11月7日より随時、牛サルモネラ2価ワクチン「北研」(アメリカ・コロラドシーラム社製)の2回接種を実施した(但し、発症牛は1回接種)。
2.結果
 10月28日に採材した初回発症牛5頭の直腸便全てからサルモネラが分離され、その血清型はSTであった。牛コロナウィルス、牛ウィルス性下痢・粘膜病ウィルス、牛アデノウィルス、牛ロタウィルスA、B、C群はいずれも陰性であった。また、同日採材した配合飼料、飲料水、使用前の敷料用オガクズからはSTは検出されなかった。バルク乳についてもSTは陰性であった。
 今回、分離したSTは、ERFX、OFLK、CPFK、FOM、GMに感受性を示した(表1)。薬剤感受性結果を受け10月31日より発症牛に対しERFX製剤投与を開始したところ殆どのもので速やかな臨床症状の改善が認められた。
 その後、10月31日の直腸便を用いた検査では乾乳牛舎の牛は、全てST陰性であった。直接培養でST陽性のもの16頭、増菌培養にてST陽性となった24頭、計40頭(飼養牛86頭中46.5%)がST陽性であった。11月2日に行った環境調査の結果、搾乳牛舎の15検体すべてからSTが分離された。11月7日に死亡した牛の剖検所見では第四胃、盲腸、直腸の出血と、回腸部の菲薄化が見られた。また、肺からはSTが分離された。1月15日に実施した細菌検査では、調べた15頭中1頭、環境材料22検体中2検体から増菌培養でSTが分離された。
 発症から6月5日時点までの治療頭数と汚染状況の推移は、10月26日の発生後、その数は増加していったが、消毒や治療などの対策後、徐々に減少し、11月25日以降、しばらく発症は無かったが2007年5月28日になって新たに1頭の発症を認めた。それ以降発症は無かった。治療に伴い減少していた出荷乳量もその後は元の状態に戻った。ST陽性牛は10月31日には飼養牛の46.5%であったが、11月13日9.4%、12月4日は2.3%となり、1月15日、3月5日、5月8日には各々検査した15、71、66頭中1頭ずつとなった。6月5日には検査牛69頭全てが陰性であった(表2)。
 環境汚染状況は11月2日には搾乳牛舎の15検体全てでST陽性、11月22日には24検体中14検体、12月4日22検体中4検体、1月15日22検体中2検体、3月5日は21検体中1検体、5月8日には21検体全てが陰性となるも、6月5日には再び21検体中2検体が陽性となった(表3)。
 現在、A農場で行っている衛生対策は、牛舎の要所へ踏み込み消毒槽を設置し、定期的な飼槽の消毒と通路への石灰散布を行うとともに、生菌製剤投与とワクチン接種も継続実施している。
3.考察
 今回、A農場に発生したST感染症はその侵入経路が特定できなかった。サルモネラは健全なル−メン発酵のもとでは容易に死滅するため、たとえ経口摂取してもなかなか発症には至らないと言われている。このことより、A農場の牛は正常な発酵を維持するだけの粗飼料を与えられておらず、濃厚飼料過多の状態にあったことが推察され、今回の発生は感染牛の糞便以外に第一胃内で増殖したSTが反芻などで飼槽や給水器を汚染し、日々の作業の過程でそれが牛舎全体に広がっていったと考えられた。またA農場は以前より、牛舎消毒は一切なされておらず、今回、何らかの形で侵入したSTが容易に増殖し、急速に拡散する環境にあったと考えた。
 発生当初は搾乳牛舎の大半がST陽性という深刻な状況であったが、素早い検査対応と的確な衛生指導、感受性薬剤を用いた早期治療とそれに並行してST拮抗作用が報告されている生菌製剤、排菌抑制効果があるとされるサルモネラ2価ワクチンを同時期に使用したことが沈静化につながったと考える。また、対策の実施に当たり、畜主の理解と協力が得られたことが、感染拡大を抑えることができた大きな要因でもあった。しかし、水はけの悪い一部の飼槽より、未だにSTが分離されている状況から、清浄化の困難さを痛感した。それだけに侵入を水際で食い止めるための常日頃からの消毒の必要性を改めて実感させられた。また、病理解剖した牛で連日の抗菌剤の使用にもかかわらず、肺からSTが分離されたことから、「治癒」と判断した牛でもその体内に菌が存在している可能性も考えられ、治癒判定について今一度、考えてみる必要があると思われた。
 今後も継続的な汚染状況の調査、定期的な消毒とワクチン接種、生菌製剤の投与により一日も早く清浄化が達成できるよう緊張感をもって努めていきたい。
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